消費の構造(2)
「効用」の話
(今回は完全に数学の話なので興味のない方は読み飛ばしてください)
引き続き、「食料 」と「消費財 」の2種類を消費する個人の消費構造について、前回導入したそれぞれの財の間の「相違点」を踏まえながら考えていく。経済学的には、各個人は2種類の「財」を消費することによって「効用(うれしさ)」を得るので、与えられた予算と価格をもとに「効用」を最大化する消費量を選ぶことになる。この「選び方」は効用を決めるための関数の形状によって異なる。極端な例として、ある人の効用関数として を考えると、この人の効用は「食料だけに依存し、消費財はいくら手に入れてもうれしくない」ということになる。結果的にこの人は全財産を食料の購入に費やす。
学部レベルの経済学でよく使用される「効用関数」は次のようなコブ=ダグラス型と呼ばれる効用関数である*1。
所得 と食料価格 (消費財の価格を1に基準化している)が与えられたとき、この関数を効用関数として持つ個人の最適な消費量は(ちゃんと解こうとするならラグランジアンを書いたり微分したりした上で)次のように求められる。
この効用関数からは、前回考えた消費の構造とは異なる形の消費が得られることが分かる。
ホモセティック関数とその問題点
前節で書いたような(経済学でよく用いられる)「コブ=ダグラス型効用関数」を今考えている消費構造を決定するために採用しなかったのには理由がある。数式を使わずに言えば、この効用関数を持つ個人は食料と消費財の消費量を次のような基準で決定する。つまり、「所得のうち の割合を食料に、残りの の割合を消費財に使用する」。 で、食料価格が (つまり、食料と消費財の価格が同じ)の場合を考える。このとき、所得が100万円の人は50万円分の食料と50万円分の消費財を消費し、所得が1億円の人は5000万円分の食料と5000万円分の消費財を消費することになる。これが、前回の最初に書いた「食料と消費財の相違」のうち、1つ目「食料は1人の住民によって一定水準以上には消費されないが、消費財は『あればあるだけ望ましい』」をうまく表すことができていないことはお判りいただけるだろう。今考えている経済システムでは、「所得がある程度増えると食料への消費は止まり、余った所得はすべて消費財に振り向けられる」という形の消費構造を作りたいのであって、「どれだけ所得が多くても所得の一定割合を食料に使う」結果になってもらっては困るのである。
コブ=ダグラス型効用関数をはじめとする経済学でよく用いられる関数は、「所得が1%増えると、すべての種類の財への消費が1%増える」というような性質を持っており、このような関数を「ホモセティック関数」と呼ぶ。この性質は実証研究をする上での利便性はあるが、今考えているような経済システムを考える上であまり好ましくない。
不可欠な財と不可欠でない財
「コブ=ダグラス型」の問題点はもう1つある。最初の節に書いた関数の定義式に を代入すると になることが確かめられるだろう。つまり「消費財の消費がゼロになると、個人の効用もゼロになってしまう」ということである。効用がゼロになる場合は、この人は死んでしまう、と考えていいだろう。この結果は前回の「食料と消費財の相違」の2つ目前半、「消費財はなくても『不愉快』なくらいである」とつじつまが合わない。このような性質がなぜ問題であるかというと、将来的に「消費財」の種類を差別化して、「自動車」とか「ワイン」とか「箱庭諸島」とかの様々な種類の商品が作られ、それぞれが取引されるような状況を考えるとき、各個人は「全部の種類が無いと死んでしまう」と仮定していることになってしまう。たぶん、多くの人は食事がないと死ぬだろうが、箱庭諸島がなければ死ぬということはないだろう*2。このような「無くても死なない財」を考えるためには、このような構造は問題なのである。
ある種類の財の消費量を と書くとき、 なら であることを は不可欠(essential)であるという。そうではないときに不可欠でない(inessential)という。今考えている経済システムにおいては、食料は「不可欠」だが、消費財は「不可欠でない」ことが求められていると言えそうである。このような仕組みであれば、「食料が無ければ人は死ぬが、消費財が無くても(食料があれば)人は死なない」という性質を表現することができる。
まとめ
経済学でよく使われるような関数を「効用関数」として用いなかった理由は、次のような性質が経済システムに欲しかったからである。
- 効用はホモセティックではなく、食料への消費額は所得が増加すると減少する。
- 食料は不可欠な財であるが、消費財は不可欠でない財である。つまり、食料がないと効用はゼロになるが、消費財が無くても効用は(食料があれば)ゼロにはならない。
前回「次回の内容」とした「食料価格が無限になる問題」とは全然関係ない話だったが、記録しておくべき論点であると思ったので記事にしておいた。たぶん経済学に興味のない方には全く面白くない話だったと思うので、それは反省している。