所得と人口移動

財価格と所得

前回前々回の「消費の構造」の中では、各個人の「所得」は与えられているものとして話を進めたが、所得自体経済システムの中で決定されるものである。今回はこの「所得の決定」と、関連して人口移動についての構想をまとめたい。
初回に紹介したように、今考えている経済システムの全体(「都市」と呼んでいる)は、「農村」「林村」「工房」といったいくつかのコミュニティに分割されている。各コミュニティは労働力(や、中間投入財)を消費して何らかの財を生産している。経済学の典型的なモデルでは、労働者はこれらのコミュニティの間を自由に移動でき、したがって賃金はどこでも一定になる(そうでなければ、賃金が一番高い職場以外では誰も働こうとしない)。しかし、この都市のコミュニティ間の移動には障壁があり、したがって賃金はどこでも一定になるわけではない。消費財を生産する工房の職人は高い給料をもらって豊かな生活をしているが、農村の住民は貧しい、ということが起こり得る(したがって、「格差」をシミュレーションの中に持ち込むことができる)。それぞれの得る所得(=賃金)は単純にそのコミュニティが生産したものがどれだけの(消費財で測った)価格で売れたかによって決まるが、個別に言えば次のとおりである。

農村

農村では年に1回収穫があり、農村の住民は基本的にはそれを毎期少しずつ売って生活の糧を得る。1年が何ターンで構成されるかは未定であるが、例えば12ターンで1年であれば、秋の収穫を毎期12分の1ずつ売り、その売り上げ(を、その農村の住民の数で割った額)がその農村の住民の所得になる。農村は食料と工房が消費財を生産する際の原料となる「商品作物*1」の2種類を生産するので、それぞれの売り上げの合計を所得として得る。農業が不作であれば所得は少なくなるし、農業が豊作であれば食料価格が暴落するのでやはり所得は少なくなる。なんということだ*2

林村

林村は季節に関わらず毎期一定の木材を生産する。木材の需要は人口の増加率(つまり、住宅供給の必要とされる程度)に依存するが、いずれにせよ生産された木材の売り上げが所得になる。

工房

工房は、商品作物を加工して消費財に変換し、それを売って所得を得る。ただし、原料として商品作物を購入しないといけないので「所得」として工房の住民自身の懐に入るのは消費財の売り上げから原料の購入にかかった費用の差分(付加価値)だけであることに注意されたい。

大工

この手のシミュレーションゲームで、「建設」はかなりの程度「プレイヤーの指示」によって決まることが多い。プレイヤーがしょっちゅうコマンドを入力して建設を進めれば大工は「多忙」になるが、そうでなければ暇になるだろう。したがって、建設に対応して所得が決まる仕組みを採用すれば、大工の所得はかなり不安定になりかねない。したがって、大工は一種の「公務員」であって、(政府あるいは王様であるところの)プレイヤーが設定した額の所得を毎ターン必ず受け取るとして考える。プレイヤーは民間(農村・林村・工房)から「税金」を徴収し、大工の給料として(建設があろうがなかろうが)払うことになる。
ただし、人口の増加に合わせて各地で住宅供給が必要になるので、人口が安定して増加しているのであればプレイヤーが指示を出さなくても大工には「最低限」の仕事があることになる。

人口移動

各コミュニティの労働者の所得は前節で考えた通りであるが、ほとんどの場合において特定のコミュニティは他のコミュニティより多くの所得があることになる。一例として、工房の所得が農村の所得より高い場合を考えよう。この場合、農村の住民は「羨ましい」ので、少しずつ工房に移住していく。工房の「住宅(=職場)」が余っているなら、農村から移住してきた住民は工房のより給料の高い仕事にありつけることになるので、この人口移動は続く。ここで、工房の住宅がすべて埋め尽くされたとすると、人口移動は止まるだろうか。止まらない。例えば工房の所得が農村の所得の3倍だとすると、工房で働ける「確率」が3分の1より高いのであれば工房の方が所得の期待値が高いことになるため、このような状態になるまで人口移動が続く。最終的に、工房の人口が本来のキャパシティの3倍に達した時点で人口移動は停止する。このとき、工房の住民の3分の2は失業していることになる*3
失業者が存在するコミュニティは周りと比べて就業者の所得が高い(つまり、そこで作られているものの需要が多い)ということになるので、住宅=職場を増設して失業者を減らそうとする。こうして、需要の多い財を生産するコミュニティは自動的に拡張されていき、逆に需要の小さくなったコミュニティは規模が縮小していく。(食料不足による飢餓が起こっているわけでなければ)都市の人口は自然増加で増加していくが、このような人口移動の影響の方がはるかに大きいだろう。
なお、「大工」はプレイヤーが決めた額の給料を毎ターン支払われるので、例えば農村で大不作が起きて所得がガタ落ちすると、就業希望者がぞろぞろプレイヤーの下にやってくるということになる。上述の通り「住宅」からはみ出た分の住民は失業者になるので、プレイヤーが「大工」の賃金管理を間違えると失業者を量産する原因になり、かえって不景気を悪化させかねないのである。

*1:初回の記事では「綿」と書いていたが、衣類を消費財に変えたのと同じように、一般的な表現にするため商品作物と呼ぶことにする。

*2:もちろん、本当にこうなるかどうかは食料価格の供給に対する反応の高さ次第である。

*3:この人口移動原理は開発経済学のハリス=トダロモデルを参考にしている。