輸送コストと集落の立地

2種類の輸送コスト

本業が厄介な状況になってきたので、こっちへ逃げることにした。今回は輸送コストとそれに伴った集落立地について論じる。
モノをある場所から別の場所に輸送するために必要なコストをモデルの中で表現するための方法は大雑把に分けて2種類ある。1つは何らかの決まった種類・量の物資を「輸送費」として支払わなければならないと考えることだ。これを「費用型」輸送コストと呼ぶことにしよう。今は食料と消費財を考えているので、例えば食料100単位を1km離れたエリアに移動させるためには、輸送コストとして消費財1単位を誰かに払わなければならないというような輸送費の形である。もう1つは、経済学の中で「氷塊型輸送費用」と呼ばれるもので、モノを1km移動させるたびに1%が(氷山が移動するにつれて溶けていくように)消滅していくという形の輸送コストである。
この2つは似ているようでいて、微妙に性質が異なる。一番重要なのは、前者は輸送に必要な費用が「コスト」として要求されるモノの価格に依存することである。例えば、市場のある都市から20km離れた場所にある農村を考えてみよう。この農村は今年大豊作で、明らかに食い切れない分の食料が生産された(つまり、自分でその食料をすべて食べてしまうという選択肢は存在しないとする)。当然この農村の住民は余剰の食料を市場に売りに行くと思いたいところだが、輸送コストが1番目の費用型を取っていて、食料100単位を20km輸送するためには20単位の消費財が必要だとすると、食料100単位の売り上げが20単位の消費財より安いなら、「輸送コストで足が出る」ことになるため、食料が安すぎると「余っていても売りに行かない」ということになる。この場合、下手をすると「農村では豊作なのに、誰も都市に売りに来ないため都市では飢饉になる」というようなことすら起きかねない。一方で、2番目の形の輸送コストを採用している場合、食料100単位を20km輸送するための費用は食料19.2単位くらい *1になる。要するに、食料が安くなれば「輸送コスト」もその分安くなるので、「余っているのに売りに行かない」というような種類の行動はそうそう起こらなくなるのである。
どちらの方が望ましいだろうか?これは場合によるのではないだろうか。先ほどのような「都市と農村」の例だと、「輸送コスト次第で食料を売りに来なくなる」というのは経済システムの安定性を損ないかねないので「氷塊型」の方が安全だろう。これに対して、遠くの国から贅沢品を買ってくるかどうか、というようなことを考えるのであれば、「輸送コストが高くなったので遠くまで売りに行くのはやめます」という選択肢が存在することはそんなにおかしなことではない。原油価格が高騰するたびに東京都民が隣県から野菜を買えなくなって飢え死にするのはちょっと困るが、アルゼンチンから羊毛のコートを買うのをやめたり、逆にアイスランド箱庭諸島を輸出するのをやめたりすることは十分「リアリティがある」と言えるのではないだろうか(ところで、箱庭諸島を輸出するために必要な「輸送コスト」とはいったい何だろう?)
現時点での構想としては、輸送コストは「近距離は氷塊型、遠距離は費用型」を採用することを考えている。理由は上述した通りであるが、どこまでを「近距離」とみなすべきかについてはまだ決めていない。

集落立地

輸送コストの導入はここまで考えてきた「コミュニティ」の立地を決めるための要素にもなる。例えば、農業や林業は土地自体に適性がない場所では難しいだろう。訓練された箱庭諸島プレイヤーなら都会の真ん中でコンクリートジャングルを切り倒してコンクリの塊を木材と称して売り飛ばすことなど造作もないかもしれないが、普通は林業とは木が生えている場所で営むものである。一方で、原料を買って消費財に加工して売る工房は結局労働力と生産に使う装置が揃えば稼働するので、「土地の適正」はあまり関係がない。むしろ、市場から遠いと上述したような輸送コストによるロスが大きくなるため、できるだけ都市の中心近くに工房を立地させたいところであろう。
この結果、自然と「都市の中心部近くに工房地区、周縁の肥沃な土地に農村、森林がある場所に林村」というような構造が生まれてくる。もちろん、この構造を無視して都市から遠く離れた場所に工房を作ってみたりしてもいいだろうが、不利な立地のコミュニティは生産効率が悪いため前回構想したような人口移動を通じてだんだん寂れていき、最終的に人がいなくなって閉鎖となるだろう。輸送コストの導入はこのような「自然な」コミュニティの立地構造を生じさせる上でも役に立ちそうである。

*1:食料を1km移動させるたびにその量が0.99倍になるので、20kmの移動の後には100単位の食料は  100 \times (0.99)^{20} = 81.8 単位くらいになっている。よって輸送費用は食料19.2単位となる。